おさるのかあちゃん徒然日記

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「可哀想」という言葉

でかばぁ(旦那のばあちゃん)はよく、「あ~、やらしいぃ!!!」「あ~、かわいそうに・・・」を口にする。
でも、この二つの言葉で相手がどれだけ不愉快な思いをしているかまでは、本人、全く気がついていない。

私が、おさるたちを叱っても「まぁ、可哀想に・・・。」と言うし・・・。
ちょっと、実家でご飯を御呼ばれしてきても、体調悪くて実家で世話になっても「あ~、やらしいぃぃっ!そんなん、向こうのお母さんに世話になって、こっちが申し訳ないがぁ!あんたらの世話をさしてしもて、お母さんも、可哀想に・・・。」と言う。

毎回、こんな風に言われるのだけど、何かやな感じしない???
本人は全く、悪気なく言っている。だから、余計にたちが悪い!

今日も、でかばぁに用事があって同じ敷地に立っているでかばぁの家に行って、喋っていた。
用事と言うのは、昨日、晩御飯に鶏り団子鍋をお鍋いっぱい作りすぎてしまい、お昼に食べて貰うのにもらって貰う為・・・。(もちろん、私も自分の分をとり置きして昼に食べた。)

で、でかばぁが「あんたの実家のお父さんらにもなんか作ってたまにはもって行ってあげないな。」と言ってきた。

たぶん、でかばぁは彼女なりに気を使ってそんな風に言ってくれたのだと思う。
でも、言われなくても普段から、気が向いたときは(しょっちゅうではないけど)舌癌の手術を受け、先週、退院してきた父も食べられるようなものを、作って持っていってあげたりする。
なので、たまにもって行ってあげていることは告げずに(言うとこれはこれでややこしいのだよ・・・。)、私は、でかばぁに「あ~・・・別にそんなことはしなくても大丈夫やよ。」と言ったら、「そんなん、作って持っていってあげやなお父さん、可哀想やんか!お母さんかて可哀想やんか!」と言ってきた。

可哀想???誰が???
父は確かに食べることに関して、手術前のようには食べられないようになった。だから、母は自分の分とは別に父の流動食を毎回何品かは作らなくてはいけない。
でも、父は日によって調子は悪いこともあるけど殆どのことは自分で出来る。これからも、時間をかけて健康体には戻れなくともそれに近い状態に近づくことは出来ると思う。

母だって、今週からはお昼の準備には戻って来ているみたいだけど、朝8時前から17時までパートに出かけている。
父を甘やかしてはいない。かといって、父のことを疎かにしている訳でもない。それぞれが、夕方までは自分の時間を過ごしているだけ。

これのどこが可哀想なのだろう・・・。

健康体のでかばぁからみたら、父はかわいそうな状態なのだろう・・・。

本当に、でかばぁはよく、人に「可哀想・・・えらい可哀想やんかぁ・・・。泣けてくるわ。気の毒になぁ・・・。」と何度も繰り返し言ってくる。
でも、きかされているほうはムカつく

かわいそうな状況の人に素直に相手のことを思って、「可哀想」と言えるのは、気持ちが優しいのだろう・・・。

でも、その人に対して何度も言う言葉ではない。

父のように、病気で健康体ではなくなった人、生まれつき障害を持った人、幼い頃に家族を失った人、財産全部を失って路頭に迷っている人・・・世の中には、でかばぁの言う「可哀想・気の毒な人」がたくさんいる。
でも、それでも彼らは頑張って生きている。今の状況から、少しでも脱したくて、もがいて頑張っている。
そんな人たちに向かって「可哀想」と何度も言うのは、甚だ失礼だと思う。
人が頑張っているのに、相手を哀れむのって、相手にとっては凄く侵害だと思う。頻繁に言ったら、相手よりも自分が優位に立って見下しているのと同じだと思う。私がもし、辛い立場に立ってもがんばっている時に、何度も「可哀想」と言われたら、そう、思ってしまう。

でかばぁ自身が、自分は幼い頃に母親を亡くして、不憫な可哀想な人と思っているところがある。
いつも、それを理由にマイナス思考ばかりになるところがある。
でも、それは自分に対する逃げと甘えだと私は思う。
もちろん、自分で自分のことを可哀想・・・と思うのは悪いことではない。でも、いつまでもそれを逃げ道にしてばかりいるのは良くない。
それこそ、自分で自分のことを可哀想としか思えない、可哀想な人になってしまう。

可哀想・・・ってなんだろう・・・。
生きている人に頻繁に使う言葉ではなく、志半ばで、命が絶えてしまった人に対して言う言葉なのかなあ・・・。
みんなは、どう思いますか?

私の考えって間違っているかなあ・・・。
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コメント


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KIWAさんへ

お義母さんと同居なんですか?
大変ですね・・・。
そうそう!むかつくよねえ・・・。
何も考えないで言っているってのが・・・。
私たち、そんな人間にならないように気をつけようねえ!

おさるのかあちゃん | URL | 2007年09月18日(Tue)10:45 [EDIT]


おひさしぶりです

私も『可哀想』って言葉大っ嫌いです!

私が『可哀想』って言葉を耳にするのは、やっぱり子供にかかわる場合が多いですね。
義母もすぐ『可哀想』って言う人で、そのたびにイライラしてます。
苦笑いでごまかしてますが、内心はかな〜りムカついてますよ(笑)
『可哀想』って一言で、自分のしてることやあんぽんちん'sが頑張ってることがすべて否定されているようで・・・。『可哀想』って言ってるだけじゃ何も前には進まないのよ!って。
「可哀想て何??」って1人でムカついてます。
これを口に出すと人間関係に波風たっちゃうので、我慢です。・・・同居は我慢が大事ですもの(笑)

kiwa | URL | 2007年09月16日(Sun)02:08 [EDIT]


めだかさん・ムスカリさんへ

私が思うに戦時中、戦後間もない時代をを生きてきた人と言うのは、とても苦労されてきた方ばかりだろうと思います。

きっと、その時はみんな若くて我武者羅に生きてきて、人のことを気にはかけながらも、人に構ってはいられない生活だったと思うんです。

だから、「可哀想」という言葉の裏には自分には向けられなかった、同情の眼差しや人から自分のことを気にかけてほしいという深層心理が隠れているのかもしれません。

後は、ナルシストな人・・・。人に「可哀想」と言ってもらうことで、自己満足と精神安定(悲劇のヒロインを演じてみることで、人の目を自分に向け、自分は独りではないと安心する)を謀っているようにも思います。

「可哀想」という人全てが当てはまるわけではありませんが・・・。

自己顕示欲の強い人、余計なお節介焼の人がこの傾向にあると思います。

これは、私一人の勝手な分析ですが・・・。

人に向かって、そんな言葉を言ってばかりいる人は、寝たきり老人になって、老人ホームに入れられて、周りの人から「可哀想に。。。」と言われて、初めて気づくんじゃないですかねえ・・・。

「可哀想」=「孤独感・悲壮感」が増すと言うことに・・・。

どうでしょうか・・・?

おさるのかあちゃん | URL | 2007年09月12日(Wed)11:14 [EDIT]


お年を召された方にそのような発言が多いのですが、
私達はそのようにならぬようにしましょうね。
何だろうなぁ。。。
私が一緒に住んでいる実の母もそうなのです。
なので遠慮のない分、私も言い返しますのでバトルになりますが…根本的にわからないみたいで…。
トホホ〜って感じ。
半ばあきらめモードです。

ムスカリ | URL | 2007年09月12日(Wed)05:44 [EDIT]


同感!!

まったくもって同感です!
私の旦那のばあも、同じようなことを言います。
それを、当事者の私にむかっていいます。
「そんなんじゃ、生きてる楽しみないだろう」って。

可哀想……小さな子供が、大人の身勝手さで命を落としてしまったとき、そう思うことがあります。
でも、人に対して使うことはあまりないような気がします。
しいていえば、心の貧しい人に対して「可哀想な人だな……」と思うくらい?
やっぱり、どこか上から目線が入っているように思います。

おさるのかあちゃんさんの考えかたは、めだかがずっと言いたくて、でも上手に言葉にすることができなかったことばかり……。
同じように考えている人がいて安心しました。

自分自身を可哀想だと思ったら、生きていくことは難しいです。

めだか | URL | 2007年09月11日(Tue)23:01 [EDIT]


 

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