おさるのかあちゃん徒然日記

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せつない・・・

11月11日・・・私の母の誕生日だった。

いつもなら、おめでとう!だけで終わる母の誕生日。

でも、今回の誕生日は母の60回目の誕生日。そう、還暦を迎えた誕生日だった。
家族みんなで、お祝いパーティをやろう!と言っていたのに・・・60回目の誕生日に告げられた言葉は、「おめでとう!」ではなく、父の主治医の先生から「ご主人の命はお正月までは持たないので、死を覚悟して置いてください。」だった。

11月8日、父が自宅療養中、呼吸困難で救急車で入院していた病院に運ばれ、先生から父の状態の説明があった。肺がん末期に現れる、肺水が左肺全部に溜まっており、それが原因で肺炎も併発して呼吸困難を起こしていると言われた。
でも、右肺は今のところ問題なく空気を溜められているし、血中酸素濃度の数値もそれほどは悪くないので、大丈夫と言ってもらった。その言葉で、家族みんな、少し安堵していたのに・・・11日にそんなことを告げられるとは、夢にも思っていなかった。
家族みんな、父の死は頭の片隅に留めてあったものの、こんなにも早く父の死が訪れようとしているなんて・・・。言葉が出なかった・・・。

母の誕生日の日、母の母、私から見たらおばあちゃんが父のお見舞いに来てくれていた。
待合室で母とおばあちゃん、私で話していると・・・おばあちゃんが、「お父さんがなあ(私の父のこと)・・・今日は、お母さんの60回目の誕生日やけど、何もしてあげられやんで、わし、お母さんのプレゼントに1万円あげたんやあ・・・。と泣きながら、ニシャ~っと笑って、話してくれたんやあ・・・。そのお父さんの気持ちが、せつなてなあ・・・おばあさんも、お父さんと一緒に泣いてしもたわ。」と話してくれた。
父の命の灯火が、幾日か・・・数週間かで消えかかろうとしていることを聞かされた後だけに、その話を聞いて、涙が出た。
父の気持ち・・・母への想いが余りにも切ない。
一時も離れず、献身的に父の看病をし、心を鬼にして父の癌はよくなると父に嘘をつき続け、父をいかなる時も励まし、父に悟られないよう明るく振舞い・・・そんな母の父への想い、振る舞いが私には切ない。
父と母、お互いがお互いを想う気持ちが傍から見ていて切ない・・・。


去年、舌癌の手術を終え退院しちょっとずつ頑張っていた父に襲った、肺への転移と言う悪夢・・・。

家族みんな・・・そして、何よりも父本人がショックだった。
肺への転移がわかった時、父以外の家族に告げられた先生からの父の余命宣告・・・。

そして、そんな事など知らない父・・・お見舞いに来てくれる知人たちに「抗がん剤投与を受けたら、先生の予定では、順調に行けば1ヶ月で退院できるそうなのでね、がんばります。」と、眼は笑ってない笑顔で、落胆振りを隠し・・・みんなの前で必死に笑顔を作って見せ、何度も何度もその台詞を自分に言い聞かせるようにつぶやいていた。
余命があまりないことなど知らずに、みんなに、そんなことを言いながら空元気でいる父を見ているのが余りにも、辛く、切なかった・・・。

1回目の抗がん剤投与で、父は抗がん剤の副作用で体の抵抗力を無くし、見る見るうちに衰弱していった。

肺炎にかかり、数週間、高熱と戦い・・・更に、衰弱し・・・1ヶ月で退院できるどころか、院内感染にかかり、肺血しょうになった。
更に、数週間、40度以上の高熱にうなされ・・・状態が悪化。
初めは、原因不明の熱と先生から言われ、治療の仕様がなく、父は、高熱と戦っていた。肺血しょうとわかって治療が始まり、父の状態が安定してきた頃、「ここまで衰弱していては、2度目の抗がん剤投与は無理なので、点滴での抗がん剤投与は断念せざるを得ない。」と先生から、告げられ退院し、自宅療養を勧められた。

肺への転移が見つかるまでの父は、舌癌の手術で嚥下が難しくなり、流動食しか食べることが出来なかったものの、いつも頑張って、母が作ってくれた流動食を何とか食べていた。時には、大好きなお刺身にも挑戦してみたり・・・今日は、ほんの少しだけ、○○が食べられたと嬉しそうに話してくれたり、自分は食べられないのに、人の喜ぶ顔が見たいからと定年退職して僅かしかない自分のお小遣いで、干物や果物を買って、幾度となく知人に持っていってあげたり・・・。きっと、自分が食べたかったであろうに・・・。自分の気持ちは、何も言わない父。そんな父の気持ちを考えると、更に切なかった。
手術のせいで、左右に首が回らなくなっても頑張って自分で車を運転して、たまに出かけたりと、ほんの少しずつではあったけど、回復しつつあったのに・・・。

今また、入院している父。
癌と言う病気を患う前は、体重が凄く重かったのに・・・今では、60キロあるかないか・・・。
父は、毎日、痩せこけた顔を鏡でまじまじと眺める。昨日よりも更に痩せこけていやしないか、心配でたまらない様子である。体重計に乗り、たとえ数百グラムだけでも増えているとニッコリと凄く嬉しそうな顔をすると母が話す。

癌になる前の父からは想像もできない。いつも、ぶっきらぼうな、腹の立つものの言い方で話し、いつも、むすうっとしていて、自己中心的な考え方しかしない人だったのに・・・今では、痩せて一回りも二回りも小さく見える。父が小さく見えるのは、痩せているからではなく、死への恐怖とこの先自分がどうなってしまうのかわからない不安を抱えた、虚ろな眼差しをして、眼に涙を溜め、うな垂れているから・・・。

子供の頃から、父の涙を見たのは父の母が亡くなったときだけ。それ以外は、私と妹には涙を見せたことのない人だったのに・・・。それが余計に、父を小さく・・・小さく見せる。
きつい言葉しかかけてくれなかった父が、今は、私たちに優しい。気遣ってくれたことなどなかっただろうに(本当は、心の暖かい人なのに、口下手で、みんなに(私もそのうちの1人だった)理解して貰っていない父、本当は、気遣ってくれていたのだろうけど・・・。)今は、私たちを気遣ってくれる。その気持ちが切ない。

今ある、みんなの気持ちが切ない・・・。

どうか、父が一日でも長く・・・母との大切な時間を過ごせますように・・・。
そして、お迎えが来たその時・・・どうか・・・どうか、父が苦しまずにいけますように・・・。


どうか・・・どうか・・・神様おねがいします・・・。
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コメント


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めだかさんへ

めだかさん、ありがとう。
父のこと、最初の状態から知ってもらっているめだかさんに励まして貰って、嬉しいです。

父と同じ病気のめだかさんだからこそ、痰が切れずに呼吸が苦しかったりと、その状態を理解して貰える人がいて心強いです。

だからこそ、めだかさんが頑張って生きていることをめだかさんのブログで確認できると嬉しいしのです。

自分に厳しく、努力家のめだかさん、めだかさんのいつまでもなんでもないことが当たり前であるしあわせである日が続きますように・・・。

おさるのかあちゃん | URL | 2008年11月13日(Thu)23:10 [EDIT]


お父様の体のこと、心配していました。
舌癌が判明したときからの経過をしっている私としては、今のお父様の様子を思うと、なんと言っていいのか……。

手術前の抗がん剤の効きがよくて手術が変更になった。
退院して文句をいいつつ食事をはじめた。

そんなよい報告を聞くたびに、お母様、おさるのかあちゃんさんの献身的なサポートのおかげで、お父様も元気になっているんだなぁ〜と思ったものです。

私もよく人にチョコレートやお菓子、ガムやあめを渡します。自分でもそれなりに楽しめるようにはなりましたが、やっぱり努力が必要なので……。
自分のかわりに、と思ってついつい買ってしまうのです。

何度となくつらい治療を続けてきたお父様。
辛い苦しい思いをすることなく、一日でもご家族と一緒に過ごせることを祈ります。

めだか | URL | 2008年11月13日(Thu)19:48 [EDIT]


 

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